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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1446号 判決

原告 協和信用金庫

被告 笹井四郎兵衛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十三万五千円及びこれに対する昭和二十九年七月三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、被告は昭和二十九年四月二十一日松原勘三に宛て金額十三万五千円、支払期日同年七月二日、支払地振出地とも東京都新宿区、支払場所株式会社三井銀行新宿支店なる約束手形一通を振出した。しかして原告は松原勘三から右手形の裏書譲渡を受けその所持人となつたので満期の日、支払場所において支払のため手形を呈示したが支払拒絶を受けた。よつて被告に対し右手形金十三万五千円に満期日の翌日たる昭和二十九年七月三日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を付して支払を求めるため本訴に及んだと述べ被告の自白の撤回につき異議を申立て仮に被告が笹井木材株式会社の代表資格を称して本件手形を振出したとしても右手形上振出人の名称に附記された東京都新宿区余丁町四番地は右会社の本店所在地と考えられるが該地の所轄登記所には右会社の設立登記がないから右会社はいまだ設立に至らない虚無のものと謂わざるを得ない。従つてその代表資格を称した被告は本件手形振出の責任を負担すべきである。もし本件手形における振出人の肩書地が右会社の本店所在地を示すものでないとすれば同所には右会社の登記のある支店等の営業所は存在せず被告個人の営業所が存在するにすぎないから右会社代表者たる名称は単に被告個人の肩書を意味するものと考える外はない。従つて被告が本件手形振出の責に任ずべきは当然である。もつとも奈良県吉野郡吉野町大字橋屋百三十二番地には被告を代表取締役とする笹井木材株式会社なるものが存在するが本件手形はその記載上右会社が振出したものとは考えられないと述べ被告の抗弁事実を否認した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実はすべて否認する。原告主張の手形は被告個人が振出したものではなく被告が笹井木材株式会社の取締役社長として振出したものである。もつとも被告は昭和三十年十月二十七日午前十時の本件口頭弁論期日において原告主張事実を自白したが該自白は事実に反し且つ錯誤に基くものであるからこれを撤回すると述べ、抗弁として、仮に被告が本件手形振出の責に任ずべきであるとしても右手形は融通手形として譲渡禁止の特約のもとに振出したものであるところ原告は右事実を知り従つて被告を害することを知つて右手形を取得したものであるから原告の請求に応じ難いと述べた。〈立証省略〉

理由

原告は被告が原告主張の前記手形を振出した旨を主張し被告は昭和三十年十月二十七日午前十時の本件口頭弁論期日において右事実を自白したこと、記録上明らかであるが該自白が事実に吻合しないものであることは後記証拠及び認定の事実に徴して明らかであるから反証がない限り右自白は錯誤に出たものと認むべく従つて被告のなした右自白の撤回は適法であると謂わなければならない。しかして原告の右主張事実はこれを認めるに足る証拠がなくかえつて証人松原勘三の証言並びに右証言により真正に成立したものと認める甲第一号証によれは原告主張の手形は被告が個人の資格ではなくして笹井木材株式会社の取役締社長の資格で振出したものであることが認められる。

しかるところ原告は本件手形上振出人の名称に附記された東京都新宿区余丁町四番地は前記会社の本店所在地と考えられるが該地の所轄登記所には右会社の設立登記がないから右会社はいまだ設立に至らない虚無のものであると謂うべく又もし右肩書地が右会社の本店所在地を示すものでないとすれば同所には右会社の登記のある支店その他の営業所は存在せず被告個人の営業所が存在するにすぎないから右会社代表者たる名称は単に被告個人の肩書を意味すると考える外ない旨を主張しなるほど前出甲第一号証によれば右手形上振出人の名称には東京都新宿区余丁町四番地なる附記があることが認められ該地の所轄登記所に右会社の設立登記がないことは弁論の全趣旨によりこれを窺うに十分である。しかしながら弁論の全趣旨によれば更に前記会社は奈良県吉野郡吉野町大字橋屋百三十二番地に本店を有しその所轄登記所において設立登記を経由したものであり被告はその代表取締役であることが認められるから本件手形は右会社が振出したものと認めるのが相当であつてその肩書地として本店又は登記のある支店その他の営業所の所在地以外の地が附記されている事実だけを促え右手形は被告が右会社とは別個の虚無会社の代表資格を称しさもなくば右会社代表者たる名称を個人営業の肩書に使用して振出したものであるとなす原告の主張は全く理由がない。

果してそうだとすれば被告個人が本件手形振出の責任を負担すべきいわれはないから被告に対し右手形金の支払を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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